家賃の滞納が長引くと、督促や明渡しの手続きに意識が向きがちですが、見落とされやすいのが「時効」です。家賃の支払いを求める権利(賃料債権)は、何もしないまま一定の期間が過ぎると、借主が時効を主張した時点で請求できなくなります。この記事では、民法の消滅時効の規定に沿って、家賃の時効がいつ完成するのか、どの手続きで止められるのか、長期滞納の回収で権利を失わないために何をしておくべきかを整理します。個別の事案の判断は弁護士に相談してください。
家賃の請求権は支払期日ごとに5年で時効にかかる
民法166条1項は、債権は「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間」、または「権利を行使することができる時から10年間」行使しないときに時効によって消滅すると定めています(e-Gov 法令検索 民法)。家賃は契約で支払期日が決まっており、貸主は期日が来れば請求できることを知っているため、実務上は各月の支払期日から5年が目安になります。
注意したいのは、滞納家賃がひとまとまりの債権ではなく、月ごとに別々の債権として時効が進む点です。何年にもわたって滞納が続いている場合、古い月の分から順に時効が完成していきます。「滞納総額」だけを管理していると、最も古い月の期限を見落とします。
また、時効は期間が過ぎただけで請求できなくなるわけではなく、当事者が時効を「援用」して初めて効果が生じます(民法145条)。消滅時効では保証人も援用できる者に含まれています。
時効を止める2つの仕組み——完成猶予と更新
2020年4月施行の改正民法は、時効を止める仕組みを「完成猶予」と「更新」に整理しました(e-Gov 法令検索 民法 147〜152条)。完成猶予は一定の間だけ時効が完成しない効果で、それまでに進んだ期間は消えません。更新は期間がリセットされ、その時点から新たに進み始める効果です。
家賃の回収で使う主な手段と効果は次のとおりです。
- 訴訟・支払督促・調停(147条): 手続きの間は完成猶予。判決などで権利が確定すると、その時から更新
- 強制執行(148条): 手続きの間は完成猶予。終了すると更新(申立ての取下げ等で終わった場合を除く)
- 仮差押え・仮処分(149条): 終了から6か月は完成猶予。更新の効果はない
- 催告(150条): 催告から6か月は完成猶予。猶予中に重ねて催告しても延びない
- 協議を行う旨の書面の合意(151条): 原則1年の完成猶予。再度の合意で延ばせるが、本来の完成時から通算5年が上限
- 承認(152条): 借主が債務を認めた時から更新
判決などで確定した権利は、もとの時効期間が10年より短くても時効期間が10年になります(169条)。手続きの進め方は支払督促・少額訴訟による家賃回収の実務と仮差押・民事保全の活用実務で扱っています。
内容証明の催告は「時間を稼ぐ」手段にとどまる
督促でよく使われる内容証明郵便は、法的には催告にあたります。催告の効果は6か月の完成猶予だけで、期間をリセットする力はありません。猶予の6か月の間に再び催告しても効果は重ならないため(民法150条)、内容証明を毎年送り続けても時効は止まりません。
最も古い月の時効が近づいているときは、内容証明で6か月を確保し、その間に支払督促や訴訟を申し立てる順序で考えます。猶予が切れてから訴訟を起こしても、すでに完成した月の分は援用されれば請求できません。
借主の「承認」を書面で残す
費用をかけずに時効をリセットできるのが、借主による承認です(民法152条)。一般に、次のような行為は債務の承認にあたると考えられています。
- 滞納額の一部を支払う
- 支払いの猶予を申し入れる
- 滞納額と分割払いの条件を記載した合意書に署名する
口頭のやり取りだけでは後で承認を証明しにくいため、どの月の家賃がいくら未払いかを明記した書面に署名をもらうのが確実です。一部入金があった場合も、入金日と充当した月を台帳に残しておきます。
連帯保証人にだけ請求しても借主の時効は止まらない
借主本人に対する請求などによる完成猶予・更新は、保証人にも効力が及びます(民法457条1項)。一方で、連帯保証人に対する請求の効力は、原則として借主本人には及びません(458条が準用する441条の相対的効力の原則。e-Gov 法令検索 民法)。借主と連絡が取れないからといって連帯保証人への督促だけを続けていると、借主本人の時効が進み、保証人から借主の債務の時効を援用される余地が生まれます。441条ただし書の「別段の意思表示」として、借主との間で効力が及ぶ旨の特約を置く例もありますが、条項の書き方は弁護士に確認してください。保証の範囲については連帯保証人の極度額と民法改正リスクも参考になります。
2020年3月以前に結んだ契約の家賃
改正前の民法でも、月払いの家賃は「年又はこれより短い時期によって定めた」給付を目的とする債権として、5年の短期消滅時効(旧169条)にかかっていました。改正で短期消滅時効の規定は整理されましたが、家賃の時効期間が5年である点は実質的に変わっていません。
経過措置として、改正法の附則10条4項は施行日(2020年4月1日)前に生じた債権の時効期間を「なお従前の例による」とし、同条1項は施行日以後に生じた債権でもその原因である法律行為が施行日前にされたときを含むと定めています(e-Gov 法令検索 民法 附則)。改正前に生じた「時効の中断」の事由の効力も従前の例によるため(同条2項)、改正前から続く契約の滞納は、どちらの規定で数えるかを弁護士と確認してから手続きを選びます。
長期滞納で権利を失わないための手順
- 滞納台帳を月単位で作り、各月の支払期日と時効完成の目安日を並べる
- 最も古い月の完成日から逆算し、余裕をもって法的手続きの準備を始める
- 借主と話ができる段階では、滞納の内訳を記載した書面に署名をもらう
- 完成が近い月があるときは、内容証明で催告して猶予期間を確保し、その間に支払督促や訴訟を申し立てる
- 判決などを得た後も、強制執行の時期を含めて時効の管理を続ける
- 物件の売買では、未収賃料の扱いと時効の進み具合を確認する
なお、区分マンションの管理費・修繕積立金の滞納は管理組合が持つ別の債権で、その扱いは区分マンションの管理費・修繕積立金滞納問題と投資判断への影響で解説しています。オーナーチェンジ物件の未収賃料が誰に帰属するかはオーナーチェンジ物件と未収賃料の承継を参照してください。
