共有名義の収益物件で意思決定に迷うのはなぜか
相続や共同出資によって複数の名義人で収益物件を所有するケースは珍しくありません。共有名義の物件では、入居者募集の条件変更、原状回復工事、外壁塗装などの大規模修繕、売却といった意思決定のたびに「誰の同意がどこまで必要か」が問題になります。民法は共有物に関する行為を大きく「保存行為」「管理行為」「変更行為」の3つに区分し、それぞれ必要な同意のレベルを定めています。この区分を理解しておくことは、共有者間のトラブルを防ぎ、円滑に物件を運用するうえで欠かせません。
保存行為:各共有者が単独でできること
保存行為とは、共有物の現状を維持するための行為を指します。たとえば、雨漏りの応急修理や、老朽化した設備の緊急交換、不法占拠者への明渡し請求などが該当します。保存行為は共有物全体の価値を守るための行為であるため、共有者は他の共有者の同意を得ずに単独で行うことができます。緊急性の高い修繕を後回しにして物件の価値が毀損することを防ぐための規定です。
管理行為:持分の過半数で決定できること
管理行為とは、共有物の性質を変えない範囲で利用・改良を行う行為です。賃貸物件における入居者との賃貸借契約の締結・更新・条件変更、通常の維持管理としての小規模なリフォーム、管理会社の選定・変更などが管理行為にあたるとされています。管理行為は、共有者全員の同意ではなく、共有持分の価格(頭数ではなく持分割合)の過半数で決定できます。
変更行為:原則として共有者全員の同意が必要なこと
変更行為とは、共有物の性質や形状を大きく変える行為、および物件全体の処分(売却)を指します。建物の増築・大規模な用途変更、抵当権の設定、そして共有物全体の売却は変更行為に分類され、原則として共有者全員の同意が必要です。共有者の一人でも反対すれば実行できないため、共有者間の意見が割れると物件の活用や売却が長期間停滞する原因になりやすい行為類型です。
2023年民法改正による「軽微変更」の緩和
2023年4月に施行された民法改正では、共有制度に関するルールが見直されました。従来は形状または効用の著しい変更を伴わない「軽微な変更」であっても、条文上は変更行為として全員の同意が必要と解釈されうる余地がありましたが、改正後は、軽微な変更については管理行為と同様に共有持分の過半数で決定できることが明確化されました。たとえば、外壁の色を変えない範囲での修繕や、性質を変えない範囲での間取りの小規模な改修などが、この軽微変更に該当しうると整理されています。
また、改正では、共有者の一部が所在不明・行方不明である場合に、裁判所の関与のもとで残りの共有者だけで管理・変更行為を進められる制度や、共有物の管理者を選任できる制度も新設され、共有物の活用を阻害してきた要因への手当てが図られました。
実務での対応:行為の分類をあらかじめ整理しておく
共有名義の収益物件を運用する際は、想定される意思決定を保存・管理・変更の3類型にあらかじめ当てはめて整理しておくことが有効です。たとえば「賃料の見直し」「小規模修繕」は管理行為として持分過半数で対応できる一方、「建替え」「売却」「抵当権設定」は全員同意が必要という前提を共有者間で共有しておくことで、いざという場面での対立や意思決定の停滞を防ぎやすくなります。
共有持分の割合や共有者の連絡先が複雑化している場合、あるいは共有者の一部と連絡が取れない場合は、早い段階で弁護士や司法書士に相談し、必要な手続き(不在者財産管理人の選任、所在等不明共有者に関する裁判手続きなど)を検討することが望ましいといえます。
賃貸経営における具体的な線引きの例
実務上とくに判断に迷いやすいのが、賃貸借契約の期間と、修繕の規模です。定期借家契約を締結する場合や、通常より長期の賃貸借契約を結ぶ場合は、契約期間の長さによって管理行為ではなく変更行為に近い性質を持つと判断される可能性があるとされており、迷う場合は一律に「短期の賃貸借であれば管理行為」という単純な整理をせず、契約内容ごとに慎重に検討することが望ましいといえます。修繕についても、雨漏りの応急処置のような保存行為と、建物の耐震補強や間取りを変えるリノベーションのような変更行為とでは、必要な同意のレベルがまったく異なります。工事の見積もりを取る段階で、その工事が現状維持のための修繕なのか、性質・形状を変える改良なのかを整理しておくと、後の同意取得がスムーズになります。
賃貸管理を管理会社に委託する場合の留意点
共有名義の物件を管理会社に委託する場合、管理委託契約の締結・変更自体も管理行為に該当すると考えられるため、共有持分の過半数の同意で決定できるのが原則です。ただし、実務上は特定の共有者が単独で管理会社とやり取りを続けているうちに、他の共有者への説明や同意取得が形骸化してしまうケースも見られます。共有者間の情報格差がトラブルの火種になりやすいため、定期的に収支状況や修繕計画を共有者全員で共有する仕組みを、管理会社と相談のうえであらかじめ整えておくことが望ましい対応といえます。
まとめ:区分の理解が共有者間トラブルの予防につながる
共有名義の収益物件は、保存・管理・変更という行為の性質によって必要な同意のレベルが異なります。2023年の民法改正により、軽微な変更については共有持分の過半数で対応できることが明確になり、共有物の機動的な活用がしやすくなりました。共有者間で行為の分類とルールをあらかじめ共有しておくことが、意思決定の停滞や紛争を防ぎ、共有名義の収益物件を円滑に運用するための実務上の基本となります。
