不動産を活用した相続税対策が注目される理由
2015年の相続税改正により、基礎控除額が大幅に引き下げられました。改正前は「5,000万円+1,000万円×法定相続人数」だった基礎控除が、「3,000万円+600万円×法定相続人数」に変更されたことで、相続税の課税対象者が大幅に増加しています。都市部に自宅を持つ一般的な家庭でも、相続税が課税されるケースが珍しくなくなりました。
こうした状況の中、資産承継を見据えた投資戦略として「不動産の活用」が注目されています。現金や有価証券をそのまま相続するよりも、不動産に換えて保有することで評価額を合法的に圧縮できるためです。ただし、制度を正しく理解せずに活用すると、期待した節税効果が得られないばかりか、相続後に資産が分割しにくくなるリスクもあります。本稿では、不動産を活用した相続税対策の仕組みと実践的な戦略を解説します。
相続税評価額の圧縮効果
不動産が相続税対策として有効な最大の理由は、「時価」と「相続税評価額」の間に生じる乖離にあります。
- 土地の評価:路線価方式 土地の相続税評価額は、原則として「路線価」をもとに計算されます。路線価は国税庁が毎年公示する1㎡あたりの評価額で、一般的に時価(実勢価格)の80%程度の水準に設定されています。つまり、1億円の現金を1億円の土地に換えただけで、評価額が約8,000万円に圧縮される計算になります。
- 建物の評価:固定資産税評価額 建物の相続税評価額は固定資産税評価額と同額で、新築時は建築費用の約50〜60%程度とされています。その後も年数の経過とともに評価額は低下していきます。
- 賃貸物件による追加の評価減 さらに、賃貸している不動産(貸家建付地)には追加の評価減が適用されます。土地については「借地権割合×借家権割合(通常30%)×賃貸割合」分だけ評価が下がります。たとえば借地権割合が60%の地域にある満室の賃貸物件の場合、土地の評価額は路線価の約82%(1−0.6×0.3×1.0)になります。建物も固定資産税評価額の70%で評価されます。これらを組み合わせると、現金で保有する場合に比べて評価額を大幅に圧縮することが可能です。
具体的な相続税対策の戦略
- 区分マンションによる評価圧縮 都市部の区分マンションは、土地(敷地権)の路線価評価と建物の固定資産税評価額による評価圧縮効果が高く、相続税対策として広く活用されてきました。ただし、2024年以降、国税庁が「マンション評価の見直し」を実施し、時価と相続税評価額の乖離が著しい場合には評価額を補正する制度が導入されています。最新の動向を踏まえた判断が必要です。
- アパート・一棟マンション建築 所有する土地にアパートや賃貸マンションを建築することも有効な手法です。更地よりも貸家建付地として評価されるため土地の評価額が下がり、建物の評価額は建築費を大幅に下回ります。加えて、建築費用を借入金で賄った場合、その負債が相続財産から控除されるため、課税財産をさらに圧縮できます。
- 小規模宅地等の特例の活用 賃貸用不動産(貸付事業用宅地等)については、一定の要件を満たす場合、200㎡までの部分について評価額を50%減額できる「小規模宅地等の特例」が適用されます。被相続人が事業として賃貸経営を行っていた場合(相続開始前3年以内に貸付を開始した物件は原則対象外)に活用できる強力な節税手段です。
相続対策における注意点とリスク管理
- 節税目的のみの購入に対する否認リスク 相続税対策として不動産を購入する場合、「実質的な経済合理性がない」と税務当局に判断された場合、評価の引き直しや否認を受けるリスクがあります。とくに相続直前に高額の借入れをして不動産を購入し、相続後すぐに売却するようなケースは、過去の判例でも問題とされています。あくまでも長期的な賃貸経営を前提とした判断が求められます。
- 流動性の低下と遺産分割問題 現金は相続人間で均等に分けやすいのに対し、不動産は分割が難しい資産です。相続人が複数いる場合、不動産の分け方をめぐってトラブルになるケースは珍しくありません。対策として、遺言書の作成や信託の活用、生命保険金(代償交付金)の準備などを組み合わせることが重要です。
- 収支の見通しと空室リスク 相続税対策のために建築した賃貸物件でも、空室が続けば収支が悪化し、相続後に子どもや孫に負の遺産を残しかねません。建築場所の市場調査、適切な賃料設定、管理会社の選定など、賃貸事業としての収益性を十分に検証することが前提条件です。
生前贈与・信託との組み合わせ
相続税対策は不動産単独で完結するものではなく、ほかの手法との組み合わせによってより効果が高まります。
- 暦年贈与・相続時精算課税制度 毎年110万円以内(暦年贈与の基礎控除額)で賃貸物件の持分を少しずつ生前贈与する方法があります。また、相続時精算課税制度を活用すれば、2,500万円を超えるまで贈与税なしで移転でき(2024年改正で毎年110万円の基礎控除が追加)、収益物件を早期に次世代へ移転することで、家賃収入ごと移転する効果も期待できます。
- 家族信託(民事信託)の活用 高齢になり認知症リスクが高まる前に家族信託を組成しておくことで、不動産の管理・運用権限を受託者(子など)に移しつつ、収益の受益権は親が保持するといった柔軟な設計が可能です。信託を活用することで「資産凍結リスク」の回避にもつながります。
まとめ:長期視点での資産承継戦略を
不動産を活用した相続税対策は、評価額の圧縮という大きなメリットがある一方で、流動性の低下や空室リスク、税務否認リスクなど複合的なリスクを伴います。節税効果だけを追いかけるのではなく、将来の家族構成や相続人の状況、賃貸市場の動向を踏まえた長期的な視点で戦略を構築することが重要です。
不動産投資に精通した税理士や不動産コンサルタントと早期から連携し、遺言書の整備や信託の組成なども含めた総合的な資産承継プランを検討することをおすすめします。相続が発生してからでは取れる対策が限られるため、元気なうちからの準備が何より大切です。
