なぜ収益物件オーナーに遺言書が必要か
複数の収益物件を保有するオーナーが遺言書を残さずに亡くなった場合、相続人間での遺産分割協議が必要になります。物件の分割は現金と異なり「2分の1ずつ」とはいかず、誰が何を引き継ぐかで相続人間の利害が対立しやすい財産です。
遺言書がない状態では、相続人全員の合意がなければ不動産の名義変更も物件の売却もできません。協議が長引けば、その間も物件の維持・管理・納税義務は宙に浮いた状態になります。特に複数の物件を保有している場合、「誰がどの物件を管理・継承するか」を生前に明確にしておくことが、スムーズな資産承継の前提条件です。
また、2024年4月から相続登記が義務化(相続を知った日から3年以内の申請が必要)されたことで、遺言書の存在は法的な義務履行の観点でも重要性が増しています。
自筆証書遺言と公正証書遺言の比較
遺言書には複数の方式がありますが、収益物件オーナーが実務で検討すべきは主に自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類です。
自筆証書遺言は、本人が全文・日付・氏名を自書し押印することで作成できます。費用がかからず手軽に作成できる反面、形式要件を誤ると無効になるリスクがあります。不動産の表示は登記簿謄本に記載されている通りに記載しなければならず、「○○マンション」といった通称では不十分です。また、保管場所が不明確になりやすく、相続発生後に発見されなかったり、内容を改ざんされるリスクがあります。
公正証書遺言は公証人が作成し、公証役場に原本が保管されます。費用は財産の規模によって異なりますが、一般的に数万〜十数万円程度かかります。形式的な無効リスクがなく、家庭裁判所での検認手続きも不要なため、相続手続きがスムーズです。複数の収益物件を保有するケースでは、公正証書遺言の方が実務上の安全性が高いといえます。
法務局の自筆証書遺言書保管制度
2020年7月から開始された自筆証書遺言書保管制度により、法務局(遺言書保管所)に自筆証書遺言を保管することができるようになりました。
この制度を利用すると、遺言書の紛失・改ざんリスクが解消されます。また、法務局では遺言書の形式要件(書式・日付・押印等)の確認は行うため、明らかな形式不備で無効になるリスクを減らすことができます(ただし内容の適法性・有効性までは確認されません)。
さらに、この制度を利用した自筆証書遺言については、相続発生後に家庭裁判所の検認が不要となります。これは手続きの大幅な簡素化を意味し、相続人の負担を軽減します。
費用は遺言書1通あたり3,900円(保管申請手数料)と、相続後の閲覧・証明書交付手数料が別途かかる程度です。公正証書遺言ほどの費用をかけずに、自筆証書遺言の弱点を補完できる仕組みといえます。
遺留分と収益物件の配分
遺言書を作成する際に必ず意識すべきなのが遺留分です。遺留分とは、法定相続人(配偶者・子・父母)に最低限保証された相続財産の割合であり、遺言書でこれを下回る割り当てをされた相続人は「遺留分侵害額請求」を行うことができます。
遺留分の割合は、配偶者と子が相続人の場合は法定相続分の2分の1、直系尊属(父母)のみが相続人の場合は法定相続分の3分の1です(兄弟姉妹には遺留分なし)。
たとえば、配偶者と子2人が相続人の場合、子の法定相続分はそれぞれ4分の1(全体の半分をさらに2人で分割)、遺留分はその半分の8分の1ずつです。特定の子に収益物件を集中させる遺言を書く場合、他の相続人の遺留分を侵害しないかを事前に確認する必要があります。
遺留分侵害が見込まれる場合は、生命保険の非課税枠を活用して遺留分相当の現金を用意する方法や、遺留分の事前放棄(家庭裁判所の許可が必要)を検討することが有効な対策となります。
遺言書に記載すべき収益物件関連の事項
収益物件オーナーが遺言書に盛り込むべき具体的な項目を整理します。
物件の特定:不動産は登記簿謄本の「所在地・地番(または家屋番号)・地目・地積(または種類・構造・床面積)」で正確に特定します。通称や住居表示のみでは特定として不十分な場合があります。
相続人の特定:「長男○○(生年月日)に相続させる」と相続人を氏名・生年月日で明確に特定します。「子に均等に」といった曖昧な表現は後々の解釈争いの原因になります。
付随する債務の指定:物件に紐づいたローン残債を誰が引き継ぐかも明記します。ただし、債務の相続先指定は金融機関との関係では効力を持たない場合があるため、事前に金融機関との相談も必要です。
遺言執行者の指定:遺言の内容を実現するための「遺言執行者」を指定しておくと手続きがスムーズです。弁護士・司法書士・信頼できる家族を指定できます。
収益物件の相続は、遺言書の有無・内容一つで相続税負担・管理の継続性・家族関係への影響が大きく変わります。少なくとも数年に一度は内容を見直し、家族の状況・物件の状況・税制の変化に対応した遺言書を維持することが、長期的な資産承継を支える柱となります。
