不動産投資の収支シミュレーションというと、ローン返済額や修繕費、税金といった「出ていくお金」の見積もりに意識が向きがちです。しかし、計算の出発点である「入ってくるお金」の積み上げ方を誤ると、どれだけ支出を精密に見積もっても試算全体が現実から乖離してしまいます。収入は単純に「家賃×戸数」では語れません。満室を前提とした理論上の収入から、空室や滞納による目減りを差し引き、さらに運営費を引いていくという段階的な構造を理解することが、正確なキャッシュフロー設計の土台になります。
出発点となる潜在総収入(GPI)
収入計算の最初の段階は、潜在総収入(GPI:Gross Potential Income)です。これは、その物件のすべての部屋が満室で、想定どおりの賃料で貸せた場合に得られる年間の総収入を指します。家賃だけでなく、駐車場使用料、共益費、自動販売機や看板などの付帯収入も含めて、フル稼働時に得られる収入の上限値を表す数字です。
潜在総収入はあくまで理論上の最大値であり、現実にはこの金額がそのまま手に入ることはまずありません。この点を理解しないまま潜在総収入をもとにローン返済計画を立ててしまうと、収入を過大評価したまま投資判断を下すことになります。多くの収支計算の失敗は、この一番上の段階で楽観的な数字を置いてしまうことから始まります。
空室損・滞納損を引いた実効総収入(EGI)
次の段階が実効総収入(EGI:Effective Gross Income)です。これは潜在総収入から、空室による収入の目減り(空室損)と、家賃の滞納による損失(滞納損)を差し引いた、実際に手にできる現実的な収入の見積もりです。
空室損は、想定する空室率を潜在総収入に掛けて算出します。たとえば年間を通じて平均5%の空室を見込むなら、潜在総収入の5%を差し引きます。空室率をどう設定するかは試算の精度を大きく左右するため、物件のあるエリアの平均的な空室状況や、対象物件の過去の稼働実績を参考に、現実的な水準で見積もることが重要です。新築だから、駅近だからと空室率をゼロや極端に低い値で置くのは危険です。
滞納損は、家賃が一時的または継続的に支払われないリスクを見込んだ控除です。家賃保証会社の利用が一般的になった現在では滞納損を小さく見積もれる場合もありますが、ゼロと決めつけず、わずかでも控除しておくと試算が保守的になり安心です。こうして潜在総収入から空室損と滞納損を引いた実効総収入こそが、運営の現実に即した収入の出発点になります。
運営費を引いてNOIへ
実効総収入が固まったら、そこから物件の運営にかかる費用(運営費)を差し引きます。これによって得られるのがNOI(Net Operating Income:営業純利益)です。NOIは、ローン返済や税金を考慮する前の、物件そのものが生み出す稼ぐ力を表す中核的な指標です。
運営費に含まれるのは、管理委託料、共用部の水道光熱費、定期清掃費、原状回復や小修繕の費用、固定資産税・都市計画税、火災・地震保険料、区分マンションであれば管理費・修繕積立金などです。一方で、ローンの元利返済額や減価償却費は運営費には含めません。これらは物件の運営費用ではなく、資金調達や税務の領域に属するものだからです。この線引きを曖昧にすると、NOIが正しく計算できず、物件同士の収益力を公平に比較できなくなります。
NOIまで積み上げられれば、それを物件価格で割ることで実質的な利回り(NOI利回り)が求められ、キャップレートを使った物件評価にもつなげられます。収入側の数字に一貫性があるからこそ、こうした指標が意味を持ちます。
段階構造を意識した試算の効用
潜在総収入から実効総収入、そしてNOIへと収入を段階的に積み上げる枠組みを身につけると、収支シミュレーションの精度と説得力が大きく高まります。どの段階でどれだけ収入が目減りするのかが可視化されるため、「空室率を1%改善できれば年間でいくら収入が増えるのか」「運営費を見直せばNOIをどこまで押し上げられるのか」といった改善余地を具体的に検討できるようになります。
また、この構造で試算を組んでおくと、金融機関に提出する事業計画書としても通用しやすくなります。満室想定の甘い数字ではなく、空室損や運営費を織り込んだNOIベースの計画は、融資審査において収益の現実味を評価される材料になるからです。
収支シミュレーションは、支出の精緻化だけでは完成しません。土台となる収入を、満室想定の理論値から現実的な手取りへと段階的に削り込んでいく。この収入側の組み立てを丁寧に行うことが、買った後に「こんなはずではなかった」と後悔しないための、もっとも基本的で効果の大きい備えになります。
