使用貸借とは何か——賃貸借との根本的な違い
不動産の貸し借りには大きく二つの形態がある。賃貸借は賃料を対価として目的物を使用収益させる契約(民法601条)であり、使用貸借は無償(または名目上の費用のみ)で目的物を貸す契約(民法593条)である。
親が所有する土地に子が建物を建てるケース、あるいは兄弟間での土地の融通など、親族間で不動産を使わせる場面は珍しくない。一見単純に見えるこの「タダで貸す」という行為が、税務・法律の両面で賃貸借とは大きく異なる結果をもたらすことを、不動産オーナーは正確に理解しておく必要がある。
法的保護の違い——借主はどこまで守られるか
賃貸借における借主保護
建物の賃貸借には借地借家法が適用され、正当事由なき解約の申入れは認められない(借地借家法28条)。家賃を支払っている借主は、貸主側の一方的な都合での退去を強く拒むことができる。裁判で正当事由が認められるためには、立退料の支払いを伴うケースが多い。
土地の賃貸借(建物所有目的)は借地権として保護され、存続期間・更新拒絶・建物買取請求権といった保護規定が借地借家法に定められている。
使用貸借における借主保護
一方、使用貸借には借地借家法の適用がない(借地借家法1条)。民法の原則として、使用貸借は貸主の死亡によって原則として終了し(民法597条3項)、存続期間の定めがない場合は貸主がいつでも解除できる(民法598条2項)。
つまり、使用貸借で土地を借りて建物を建てている子は、親が亡くなって相続が発生した時点で土地の返還を求められるリスクを抱えている。「当然ずっと住めると思っていたのに、相続で揉めた」という家族間トラブルの背景に使用貸借の脆弱な法的保護が潜んでいることが多い。
借地権の発生有無——相続税評価への影響
税務上、使用貸借か賃貸借かの区別が特に重要になるのが**借地権の発生有無**である。
賃貸借(相当の地代を払う場合)
親の土地を子が賃貸借により借りて建物を建てている場合、借地権が発生し得る。地代が近隣相場の水準(通常地代)であれば、子には借地権(通常、更地価格の60〜70%相当)が形成されていると税務上認識される場合がある。
使用貸借(無償または固定資産税程度の負担)
相続税基本通達では「使用貸借に係る土地については、使用権の価額はゼロとして取り扱う」とされている(相続税基本通達9-13の2)。すなわち、使用貸借では借地権は発生せず、土地の相続税評価は自用地(借地権控除なし)として評価される。
これは貸している親の土地評価が使用貸借では高くなることを意味し、相続税の計算上は使用貸借の方が貸主の土地評価が高くなるという結果をもたらす。
贈与税のリスク——権利金・地代の設定が税務調査の的になる
親族間で土地を貸し借りする場合、権利金(借地契約締結時の一時金)や地代の水準によって贈与税の課税リスクが生じる。
権利金なし・低地代のケース
通常の借地契約では、借地権設定時に権利金(更地価格の50〜70%相当)が支払われる。しかし親族間では権利金のやり取りなしに土地を貸すことが多い。
この場合、本来支払うべき権利金相当額が「贈与」とみなされる可能性がある(相当の地代方式を使わない限り)。贈与とみなされると贈与税が課税されることになる。
親族間での対策——相当の地代方式
権利金を支払わずに親族に土地を貸す場合、税務上の安全策として「相当の地代方式」(自用地評価額の概ね年6%相当の地代を払う方法)がある。相当の地代を支払う場合は権利金の収受なしでも借地権の認定課税は回避できる。ただし地代の改定と書類管理が必要である。
使用貸借が贈与税を避ける逆の論理
皮肉なことに、完全な**無償(使用貸借)**の場合は「経済的利益の贈与」とみなされないのが原則である(親族間の土地無償貸与は使用貸借として扱われ、使用権評価がゼロなので贈与税は課されない)。中途半端な低地代が最もリスクが高く、無償か市場相場水準の地代かという二択が税務的には安全策になる。
相続発生時の実務への影響
貸主(親)が死亡した場合
使用貸借では、貸主の死亡時に相続人(他の兄弟など)が土地を引き継ぐと、使用貸借契約の継続が保証されない。一方、賃貸借契約は相続されるため、借主の立場は保護される。
借主が先に亡くなった場合
使用貸借は借主の死亡によっても原則終了する(民法597条3項)。借主が死亡すると相続人に使用権が引き継がれないケースがあり、建物を相続したのに土地の使用権がないという問題が生じ得る。
賃貸借では借主が死亡しても賃借権は相続の対象となり、同居の相続人は賃借権を承継できる(借地借家法36条等)。
法人が関係する場合の注意点
個人オーナーが所有する土地を自身の資産管理法人に無償で(または固定資産税程度で)貸す場合も使用貸借の問題が生じる。この場合、税務上は法人側に地代相当額の受贈益が認識されず、個人側には給与所得課税も生じないとされるが、「相当の地代に満たない地代」の支払いがある場合は法人への経済的利益の供与として別途検討が必要になる。
法人の借地権認定回避策としての「借地権の無償返還の届出書」(相当の地代を払わない代わりに、将来無償で返還する旨を税務署に届け出る方法)も親族法人間では活用される。この届出がある場合、個人側の土地評価は自用地の80%で評価されることになる。
実務上の判断基準——どちらを選ぶべきか
| 観点 | 使用貸借(無償) | 賃貸借(有償) |
|---|---|---|
| 借主の法的保護 | 弱い(借地借家法非適用) | 強い(借地借家法適用) |
| 借地権の発生 | 原則なし | 地代水準による |
| 貸主の相続税評価 | 自用地評価(高い) | 借地権控除後(低い) |
| 贈与税リスク | 原則なし | 権利金・地代設定次第 |
| 貸主死亡時の継続性 | 原則終了 | 賃借権が相続される |
親族間の土地・建物の貸し借りでは、単に「タダで貸す」か「賃料を取る」かという資金面だけでなく、この表に示す複数の法的・税務的効果の違いを踏まえて契約形態を選択する必要がある。
まとめ
使用貸借と賃貸借の区別は、親族間不動産取引の税務・法律の要所である。主なポイントを整理すると次のようになる。
- 法的保護:賃貸借は借地借家法で強く保護されるが、使用貸借は貸主側が大きな権限を持つ
- 借地権:使用貸借では借地権が発生しないため、貸主の土地の相続税評価が自用地評価(高い)になる
- 贈与税:中途半端な低地代が最もリスクが高く、完全無償(使用貸借)か相場水準の地代かが安全策
- 相続時の継続性:賃貸借は借主が保護されるが、使用貸借は貸主・借主どちらの死亡でも終了リスクがある
不動産を親族間で融通する場面では、税理士・弁護士に相談のうえ、契約形態・地代水準・届出書類を適切に整備することが、将来のトラブル回避につながる。
