収益物件でも「相続放棄」が必要になる場面
収益物件は資産として魅力的な反面、築年数の経過した物件では修繕積立の不足、多額のローン残債、環境問題(土壌汚染・アスベスト)、あるいは入居者とのトラブルを抱えたまま相続される場合があります。相続人がこうした「マイナス資産」を引き継がないために選択できる手段が相続放棄です。
相続放棄を行うと、その相続人は「はじめから相続人でなかった」とみなされ、プラスの財産もマイナスの財産(借金・修繕義務等)も一切引き継ぎません。収益物件の相続では、物件の資産価値よりもローン残債や修繕費用の方が上回ると判断した場合に、相続放棄が現実的な選択肢となります。
相続放棄の要件と手続き期限
相続放棄は家庭裁判所への申述によって行います。自筆の「放棄します」という書面は法的効力を持ちません。
最も重要な要件は期限です。相続放棄は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に行う必要があります(民法第915条)。この3ヶ月の期間を「熟慮期間」といい、期間内に何も手続きをしなければ相続を単純承認(すべての財産を引き継ぐこと)したとみなされます(民法)。
ただし、3ヶ月以内の判断が難しい場合は、家庭裁判所に熟慮期間の伸長申請を行うことで期間を延長できます。物件の実態調査や相続財産の全体像把握に時間がかかる場合は、早めにこの申請を検討すべきです。
手続きにあたっては、次の点を押さえておく必要があります。
- 必要書類は、申述書・被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)・相続人自身の戸籍謄本など
- 申述先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
- 費用は、1人あたり収入印紙800円程度と郵便切手代のみ(弁護士等に依頼する場合は別途費用がかかります)
全員が放棄した場合の物件の行方
相続人全員が相続放棄をした場合、その物件は相続財産として宙に浮く状態になります。この場合、利害関係人(債権者など)または検察官の請求によって家庭裁判所が相続財産清算人を選任し、財産の清算・管理を行います。
注意すべき点は、相続放棄をした後も一定の管理義務が残ることです。2023年の民法改正(2023年4月施行)以前は、相続放棄した者であっても「他の相続人または相続財産清算人が管理できるまでの間」は財産を保存する義務がありました。改正後はこの義務が「現に占有している相続財産」に限定されましたが、物件を管理している立場の相続人が放棄した場合は引き続き注意が必要です。
また、相続放棄によって物件の所有権が宙に浮いている間も、その物件に紐づく固定資産税の納税通知が相続人に届く場合があります。法的には納税義務は承継しないものの、市区町村の対応や実務上の混乱が生じるケースがあるため、放棄後の行政への連絡も怠らないようにすることが実務上の対応として重要です。
相続放棄が他の相続人に与える影響
相続放棄をすると、その人の相続分は他の相続人に引き継がれます。
典型的な例として、被相続人の子3人のうち1人が相続放棄をした場合、残り2人の相続分が増加します。全員が放棄した場合は、被相続人の兄弟姉妹など次の順位の相続人に相続権が移ります。
この連鎖を防ぐために、家族全体で相続方針を統一することが重要です。特に収益物件に多額の負債が絡む場合、誰か1人だけが放棄し他の相続人が予期せず相続することで家族関係が悪化するケースもあります。相続放棄を検討する際は、事前に全相続人と話し合いを行うことが現実的なアドバイスです。
なお、孫や兄弟姉妹など代襲相続の対象でない場合は、後順位の相続人への影響も考慮する必要があります。複雑な家族構成のケースでは弁護士に相談することを強く推奨します。
限定承認という第三の選択肢
相続放棄と単純承認の間に、限定承認という方法もあります。限定承認では、「相続した財産の範囲内でのみ被相続人の債務を弁済する」ことになり、プラス財産がマイナスを超えた場合にはその超過分を相続人が取得できます。
収益物件の資産価値を確保しながら、債務超過リスクを限定したい場合に理論上は有効ですが、実務上は次の理由から利用頻度が低い選択肢です。
- 相続人全員の合意が必要であること
- 手続きが複雑であること
- 税務上の取り扱いが煩雑(物件を時価で取得したとみなす「みなし譲渡課税」が発生)であること
収益物件相続の事前対策
相続放棄は被相続人の生前に契約・合意することはできません(生前の放棄予約は無効)。したがって、収益物件オーナーが「自分の物件を将来の相続人に放棄させないようにしたい」と考えるなら、生前から物件の資産状態を整えることが最善の対策です。
具体的には、次のような対策が挙げられます。
- 収益物件のローン残債を計画的に圧縮すること
- 修繕積立を適切に行って潜在的な修繕コストを可視化しておくこと
- 物件の収益性を高めて相続人にとって「引き継ぎたい資産」にしておくこと
また、物件の資産状況・ローン残債・収益見通しを記録した「財産目録」を作成しておくと、相続人が熟慮期間内に合理的な判断を下しやすくなります。
相続放棄は「最後の手段」であり、それが必要にならないような収益物件の健全な運営と記録管理が、最終的には相続時のトラブルを防ぐ最大の防衛策です。
