なぜ「高DSCR=安全」と言われるのか
DSCR(Debt Service Coverage Ratio、返済余裕率)は「年間純収益(NOI)÷ 年間ローン返済額」で算出される指標です。この数値が高いほど、物件収益がローン返済を大きく上回っており、収支に「余裕」があります。
しかし「高DSCRが安全」というのは単なる経験則ではありません。具体的には以下の3つのリスクに対する耐性が、DSCRの高さに直結しています。
- 金利上昇リスク:変動金利の場合、金利が上がると返済額が増加してDSCRが低下
- 空室リスク:入居率が下がるとNOIが減少してDSCRが低下
- 家賃下落リスク:賃料水準の低下でNOIが減少してDSCRが低下
本記事では、DSCR1.2とDSCR1.5の2つの物件を使い、これらのリスクが現実化したときにどう変わるかをシミュレーションします。
ベースケース:2物件の設定
比較のために同じ条件から始め、DSCRだけが異なる2つのケースを設定します。
共通条件
- 物件価格:8,000万円
- 年間NOI(現在):600万円
- 変動金利(現在):2.0%
| 物件A(低DSCR) | 物件B(高DSCR) | |
|---|---|---|
| 借入額 | 7,200万円(LTV90%) | 5,600万円(LTV70%) |
| 返済期間 | 30年 | 30年 |
| 年間返済額(現在) | 約319万円 | 約248万円 |
| DSCR(現在) | 600 ÷ 319 ≈ 1.88 | 600 ÷ 248 ≈ 2.42 |
※LTV差で返済額が異なり、DSCRも大きく異なる。ここではあえてNOI固定でLTVのみ変えたケースを提示。
現実的なDSCR差を示すために、借入条件を変えた2ケースを以下に使います。
物件A(DSCR1.2):NOI480万円、年間返済額400万円、DSCR=1.2 物件B(DSCR1.5):NOI600万円、年間返済額400万円、DSCR=1.5
(同じ借入条件でNOIが異なる物件、と理解してください)
シナリオ1:変動金利が3%上昇したケース
変動金利が現行2.0%から5.0%に上昇したと仮定します。
年間返済額は変動金利の上昇により増加します。金利2%から5%への変化で、35年4,000万円借入の場合、年間返済額は約159万円から約242万円に増加(約52%増)します。
4,000万円借入・30年・金利2→5%の変化で年間返済額は約258万円(+約80万円)へ。
物件Aへの影響(DSCR1.2、NOI480万円)
| 状況 | 年間返済額 | DSCR |
|---|---|---|
| 金利2%(現状) | 400万円 | 1.20 |
| 金利3%上昇(5%) | 約581万円 | 0.83 |
物件AはDSCRが0.83まで低下し、すでにDSCR1.0を割り込みます。空室が増えればキャッシュフローはさらに悪化します。
物件Bへの影響(DSCR1.5、NOI600万円)
| 状況 | 年間返済額 | DSCR |
|---|---|---|
| 金利2%(現状) | 400万円 | 1.50 |
| 金利3%上昇(5%) | 約581万円 | 1.03 |
物件BはDSCRが1.03に低下し、ほぼ均衡状態となります。金利上昇を吸収できるバッファが高DSCRの物件には存在します。
シナリオ2:空室率が20%悪化したケース
現在の想定空室率10%が、30%に悪化したとします(地方の過疎化や景気悪化を想定)。
- NOI低下率:空室20%増加 × 家賃の割合(約70〜80%がNOI構成) → NOI約14〜16%減少
ここでは保守的にNOIが15%低下するとシミュレーションします。
物件Aへの影響(DSCR1.2)
- NOI:480万円 × 85% = 408万円
- DSCR:408万円 ÷ 400万円 = 1.02
ほぼ損益分岐点。さらに金利も少し上がっていた場合、キャッシュフローは即座に赤字に転落します。
物件Bへの影響(DSCR1.5)
- NOI:600万円 × 85% = 510万円
- DSCR:510万円 ÷ 400万円 = 1.28
物件Bは空室悪化後もDSCR1.28を維持。まだ余裕があります。
シナリオ3:金利上昇+空室悪化の複合ストレス
最も現実的な「悪い状況」として、金利上昇と空室悪化が同時発生するケースです。
条件:金利2%→4%(+2%)、空室率+15%(NOI10%減)
| 物件A | 物件B | |
|---|---|---|
| 変化後NOI | 480 × 90% = 432万円 | 600 × 90% = 540万円 |
| 変化後年間返済額 | 約429万円 | 約429万円 |
| 変化後DSCR | 1.01 | 1.26 |
物件AはDSCR1.01まで低下し、事実上の損益分岐点。一方物件BはDSCR1.26を維持しており、複合ストレスにも耐えられます。
なぜ初期DSCRに「バッファ」が必要か
3つのシナリオを通じて見えてきたのは、初期DSCRが高いほど、各種リスクが現実化してもDSCRが1.0を割り込まない「余裕幅」が大きいという事実です。
一般的に推奨される「DSCR1.2以上」という基準は、以下のような想定に基づいています。
- 金利上昇耐性:+1〜1.5%程度の上昇を吸収
- 空室耐性:空室率が10%程度悪化しても耐える
しかし本記事のシミュレーションが示すように、金利上昇と空室悪化が同時に起きると、DSCR1.2は非常に脆弱です。DSCR1.3〜1.5を目標にすることで、複合ストレスへの真の耐性が生まれます。
まとめ:DSCRは「今」ではなく「悪化時」で判断する
高DSCRの物件が安全な理由は、現在の収支が良いからではなく、将来の金利上昇・空室悪化という不確実性に対するバッファが大きいからです。
物件購入前のチェックリストとして:
- 現状のDSCRを計算する(1.3以上が目標)
- 金利+2%のストレステストを行う
- 空室率+10〜15%のストレステストを行う
- 複合シナリオ(金利上昇+空室悪化)でもDSCR1.0を維持できるか確認する
投資後も半年〜1年ごとにDSCRを再計算し、バッファが縮小していないかモニタリングすることが、長期的に安定した不動産投資を続けるための基本姿勢です。
